タンパク質の働きが、遺伝子レベルから最終的に臓器レベルにどのような変化をもたらすかを物理的に解き明かし最適な治療を可能にする心臓シミュレータ「UT-Heart」の開発をしています。
※こちらはサブ課題Cの研究開発読本のページです。【サブ課題A・サブ課題B・サブ課題C】
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Vol.12 UT-Heart活動だより 創薬を加速する心毒性スクリーニングシステムの開発
「UT-Heart」は、マルチスケール(さまざまな大きさのもの)とマルチフィジックス(複数の物理現象)を統合する心臓シミュレータです。細胞内の各種イオン電流や収縮タンパクの挙動を表す生理学モデルから出発し、内部微小器官もモデル化された「数値細胞」の運動を経て、心筋組織の収縮・弛緩、そして心臓の拍動と血液の拍出、さらには血圧・心電図までを一貫して再現する世界でも前例のないマルチスケール・マルチフィジックスシミュレータです。
心臓を形づくる細胞の中にあるタンパク質の分子の動きから、心臓全体の動きを正確に計算することで心臓の動きをコンピューター上に再現することにより、まだよく分かっていない心臓病の原因を調べたり、最適な手術方法や治療後の状態などを事前に知ることができ、より安全で効果的な治療を行うことができるようになります。
医師が医学的な診断を行う際には、診察と検査による所見を統合して患者さんの状態を判定することが不可欠です。このプロセスをより効率的かつ正確にするため、スーパーコンピュータ「京」の能力を活用した心臓シミュレータ「UT-Heart」は、有限要素法に基づき、心臓の機能に関する膨大な電気的活動、固体力学、流体力学を記述する方程式を解くことにより、血流の動きに合わせた心臓の拍動を再現することができるものです。
治療の結果を正確に予測することにより、心臓病の患者さんにとって最良の治療法を探ることが可能になります。実際に、コンピュータを使ったテーラーメードの心臓病治療による、各患者さんに応じた治療戦略を決定するためのプロジェクトが既に心臓手術の現場との協力により進行中です。
心臓再同期療法(CRT)※で治療を受けた重症心不全患者の3割は、症状の改善がみられない無効例と報告があります。しかし現状では無効例の診断は困難とされています。
→「UT-Heart」を使って18症例で解析し良好に予後(手術後の状態)予測ができることを確認しました。(自治医科大学永井学長との共同研究)
※CRT 心室の遅れて収縮する部分にペースメーカーから電気刺激を送り、心室全体を同時に収縮させて(再同期)収縮のずれを調整する治療法。心不全の治療で使用される。
症例:両大血管右室起始症、心房中隔・心室中隔欠損症
手術前は全身から戻ってきた静脈血と肺から戻ってきた動脈血が心房、心室で混ざり合うために全身に酸素が十分供給されておらず、さらに大きなエネルギーを使う全身への血液の供給を壁の薄い右心室が担う状態にありました。
→手術前のCT、心電図等のデータに基づいてモデルを作成し、それに対し実際と同じ症例手術を実施しました。手術によって左心室と大動脈を人工血管でつなぎ、中隔欠損孔をふさいだことによって全身には左心室から動脈血のみが流れる本来の血液の流れが回復するとともに右心室の負担も軽減されました。